常福寺

長門町大門:原田恵召住職
〔連載第66回〕

 依田川の清らかなせせらぎが聞こえる長門町大門の「常福寺」。
開山は、瀧仙寺五世鉄眼長印大和尚であるがそれ以前の前住年譜として、再住高山南花和尚・天文18年入院(1549)とあり、開基の没年から見てもそのころにできたと考えらる。
 それまでは密教系寺院「天台宗」であったものがその百十年後の寛文元年(1661)に曹洞宗に変わったと伝えられる。同寺は十七世淳峰朴大和尚代の天保八年(1837)入大門の大火により全焼した。その八年後の弘化二年(1845)に現在の建物「庫裡」が造立した。その後何度か本堂再建の話が持ち上がったが、その度に第一次、第二次世界大戦となり再建はなしえなかった。ようやく三回目にして再建して平成三年に落慶法要が行われた。
寺宝 釈迦涅槃像掛軸
 常福寺涅槃像掛軸(写真左)は昭和五十三年長門町指定有形文化財であり、安政六年(1859)に書かれたもので、縦四m、横二mに及ぶ大作。作者は地元窪城出身の児玉桃岡。同氏は狩野派の絵師、武重桃堂に学び、田舎にうずもれたまま慶応四年(1868)に五十六歳で亡くなった。
 作品中、多くの人物の表情は、一人一人がそれぞれかなり精緻で力強い筆法・構図・色彩など調和がよく桃岡一代の大作。
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