信綱寺

真田町大字長:玉井憲定住職
〔連載第51回〕

 真田町大字長の信綱寺は室町期に横尾氏が創建。その後、真田家中興の祖、真田幸隆の長男、信綱が大光智照禅師を招き現在の地に開山した。長篠の合戦で信綱が戦死した後、家督を継いだ弟、昌幸が兄の菩提を弔い大柏山信綱寺と改称した。
 戦死した信綱の首級を家臣の白川氏が鎧の胴内に納めてこの地に運び、葬った場所に植えた桜が「墓前之桜」として今も残っている。
 信綱の首を包んだ「血染陣羽織」や関ヶ原の合戦後、九度山に流された昌幸が寺にあてて書いた礼状など、真田氏ゆかりの品が同寺敷地内にある宝物殿に収蔵されている。同寺は火災に遭わなかったため数多くの品が残っている。
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